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『原発のウソ』(小出裕章著)

【まえがき】 起きてしまった過去は変えられないが、未来は変えられる

【1】第1章 福島第一原発はこれからどうなるのか

(1)奇妙な「楽観ムード」が広がっている

(2)原子炉は本当に冷却できているのか?

(3)「崩壊熱」による燃料棒の損傷/炉心は核燃料が溶けるほどの高温になっていた

(4)今後起こりうる最悪のシナリオ

(5)チェルノブイリに続く、新たな「地球被曝」の危険性

(6)悪化する作業員の被曝環境

(7)水棺方式に疑問あり

(8)「進むも地獄、退くも地獄」の膠着状態

(9)再臨界は起きたのか?

10)政府と東京電力は、生データをすべて開示すべき

11)レペル7とはどういう事故なのか

12)「首都モスクワの中心部に建てても安全」と言われていた原発が大事故に

13)今も残る「放射能の墓場」

14)1000あまりの村々が廃墟に

15)「チェルノブイリの10分の1」と安心はできない

【2】第2章 「放射能」とはどういうものか

(1)放射能は知覚できない

(2)キュリー夫人も「被曝」で亡くなった

(3)放射線が人間のDNAを破壊する

(4)JCO臨界事故の悲劇

(5)細胞が再生されず、人間の身体が壊れていく

(6)放射線の得エネルギーはものすごい

(7)福島第一原発からどのような放射能が出ているか

(8)骨を蝕むストロンチウム、「最凶の毒物」プルトニウム

(9)すでに原爆80発分の放射能が拡散している

【3】第三章 放射能汚染から身を守るには

(1)「安全な被曝」は存在しない

(2)解明されつつある低レベル被曝の危険性

(3)風と雨が汚染を拡大する

(4)被曝から身を守る方法

(5)情報ルートを開拓する

(6)「現実の汚染にあわせて」引き上げられた被曝限度量

(7)子どもに20倍の被曝を受けさせてはならない

(8)「放射能の墓場」を原発付近につくるしかない

(9)汚染された農地の再生は可能か

10)若ければ若いほど死ぬ確率が高くなる

11)被害を福島の人たちだけに押し付けてはならない

【4】第四章 原発の“常識”は非常識

(1)原発が生み出した「死の灰」は広島原爆の80万発分

(2)国も電力会社も危険だということはよく分かっていた

(3)電力会社が責任をとらないシステム

(4)結局、事故の補償をするのは国民自身!?

(5)原発を造れば造るほど儲かる電力会社

 電力会社は慈善団体ではありませんから、単に損害賠償から免責されるだけでは原子力発電に手を染めたりしないでしょう。「利益」が出る成算があってはじめて本腰を入れることになります。これまで原子力が推進されてきた一番の動機、それは何といっても個別企業つまり電力会社の利益です。

 電力会社の収入は電気料金ですが、実は、電力会社は原発を造れば遣るほど電力料金を値上げできるシステムになっているのです。そこには次のような「カラクリ」があります。・・・・・。

 普通の会社は汗水たらして少しでもいい商品を作り、それをたくさん買ってもらうことによって儲けを出します。

 ところが電力会社は違います。「レートペース」というものに「報酬率」という一定のパーセントを掛けて利潤を「決める」のです。

 では、その「レートペース」とはいったい何でしょうか。要するに電力会社が持っている「資産」のことです。「資産の何%かの額を自動的に利潤として上乗せしていいですよ」ということが、法律でおおっぴらに認められているわけです。

 ここで原発が大活躍します。原子力発電がこの「資産」をたくさん増やしてくれるのです。原発は建設費が膨大で、―基造ると5000億円、6000億円。核燃料も備蓄できるし、研究開発などの「特定投資」も巨額です。

 それら全てが「資産」となって、利潤を決める際のベースをつり上げてくれます。つまり原子力発電をやればやっただけ、原発を建てれば建てただけ、電力会社は収入を増やすことができる。とにかく巨費を投じれば投じるほど電力会社が儲かるシステムです。そのため、夢中になってこれまで原子力を推進してきました。

 当然ですが、その利潤は電気料金に上乗せされるので、私たちの支払う分はどんどん高くなっていきます。そうこうしているうちに、今や日本の電気料金は世界一高くなってしまいました。

 電力会社はもちろん大喜びでしょうが、消費者、そして企業にとっては大きな負担です。特に日本経済を支えている企業に対する打撃は破壊的と言っていいでしょう。激しい国際競争を戦っている日本企業は、勝ち抜くために少しでもコストを下げなくてはいけません。

 ところが世界一の電気料金が容赦なく重くのしかかってきます。

 そのせいでダメになる産業まで出てきました。例えば、世界一優秀な技術を持つと言われていた日本のアルミ精錬産業。これは非常に電力を必要とする産業だったので、電気料金の重荷に耐えきれず、ことごとく潰れてしまいました。世界のアルミ雷要はその後急激に伸びており、日本は巨大ビジネスチャンスを喪失した格好になります。

(6)原発のコストは安くない

 また、これまで政府や電力会社は一生懸命「原子力発電はコストが安い」と宣伝してきましたが、それは大きなウソです。原子力発電のコストは高いのです。

 立命館大学の大島堅一さんは、有価証券報告書を調べて実際この40年問で発電にどのぐらいのコストがかかったのかを計算しました。

 電力会社などが主張している原発の安いコス卜は、実は一定のモデルで算出された金額にすぎず、現実を反映していません。発電に直接要する費用に再処理などの費用、そして開発や立地に役人される国の財政支出などを合わせると、実際のコストは水力や火力より高くなってしまうのです(図参照)。

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 図にある「揚水発電」とは、主に原子力発電のために存在している施設です。原子力発電は小回りがきかず、一度運転し始めたら1年は稼働率100%でずっと発電し続けます。夜間は消費電力が減りますが、止めることができないので電気が余ってしまいます。仕方がないので、余った電気を消費するために「揚水発電所」というのを造ります。上と下に池を造り、夜に余った電気で下の池から上の池に水をくみ上げておき、電気をたくさん使う昼問に上の池から下の池に水を落として発電するのです。

 そのたびにエネルギーを3割ロスしていくという非常にぱかげた“電気を捨ててしまう”発電所ですが、この発電単価が桁違いに高い。でも、これは原子力発電のために必要なものですから、その分を上乗せして計算するとさらにコストは高くなります。「原子力発電が安い」なんていうのは全くのウソなのです。

(7)大量の二酸化炭素を出す原子力産業

 地球温暖化防止が叫ばれるようになって以来、政府や電力会社は「原子力は二酸化炭素を出さず、環境にやさしい」「地球温暖化防止のために原子力は絶対に必要」と宣伝してきました。電力会社のパンフレットにもそう書いてありますし、マスコミを使ってのPR活動でもさかんにそう主張しています。原子力発電はウランやプルトニウムの核分裂現象を利用します。確かに核分裂は通常の物が燃える時に二酸化炭素を出す現象とは異なりますから、そのことを強調して「原子力は二酸化炭素を出さない、だから原子力を使おう」と言ってきたわけです。

 ところが、どうも最近様子が変わってきました。どうなったかというと「原子力は『発電時に』二酸化炭素を出さない」と表現するようになってきたのです。「発電時に」という言葉がいつの間にか滑り込んできました。私じゃなくて、日本の国や電力会社がそう言うようになったんです。どこかおかしいと思いませんか。

 実は、原子力発電も二酸化炭素を出しています。それも、おびただしい量を出しています。そのことは、原子力発電がトータルでどういう作業をしているかを見ればすぐに分かります。

 今日では標準的になっている100万kwという原子力発電所を一年間動かすためにはどういう作業が必要でしょうか。

 原子力発電所を動かすと、1年間に70億kw時という電気が出てきます。これが原子力発電から得られるメリットです。しかし原子力発電所を動かそうとするなら、発電所を建てるだけでは済みません。まず燃料が必要です。その燃料はウラン鉱山からウランを採掘して運んできます。運んできたウランはそのままでは発電に使えないので、製錬所に運んで「製錬」します。

 まだ終わりません。製錬したウランを、今度は原子炉で燃やすことができるように「濃縮」します。一口にウランといっても、その中には燃えるウランと燃えないウランが存在しています。大部分は燃えない=核分裂しない「ウラン238」で、燃える=核分裂する「ウラン235」はわずかに全体のO.7%しかありません。そこで燃えるウラン235を集める作業

が必要になります。これが「ウラン濃縮」です。

 さらにそのウランを「加工」して燃料ペレットにし、それから燃料棒の形にしなくてはなりません。ようやくここにきて原子炉の中で使える燃料ができあがります。

 もうお気づきだと思いますが、それぞれの工程で実に莫大な資材やエネルギーが投入されています。そして、これらの採掘、運送、製錬などに使われるエネルギーは、ほとんどが石油などの化石燃料です。そうすると原子力発電所が動くまでに、すでにたくさんの化石燃料を燃やして二酸化炭素を出してしまっていることになります。

 さらに、原子力発電所を建てるのにも、たくさんの二酸化炭素を出します。原発というのは外は巨大なコンクリートのお化け、中は鋼鉄のお化けです。この莫大なコンクリートや鋼鉄は、大量の二酸化炭素を出しながらでないと作ることはできないし、工事で出す二酸化炭素もおびただしいものがあります。

 このような明らかな事実がありますから、国や電力会社も「原子力発電は二酸化炭素を出さない」と言い続けることができなくなり、「発電時に出さない」という表現に変えざるをえなくなりました。しかし、これでもまだウソです。科学的に正しく言うならば「ウランの核分裂反応は二酸化炭素を出しません」とだけ言わなければなりません。

参照図:100万kWの原発に必要な流れ.pdf

(8)JAROの裁定を無視して続けられた「エコ」CM

(9)地球を温め続ける原発

 そればかりではありません。原発は二酸化炭素よりももっと直接的なやり方で環境を破壊しています。・・・・・。

 今日の標準的な原子力発電所の発電量は100万kwですが、それは電気になった部分だけの話です。実は、原子炉の中では全部で300万kwもの熱が生み出されています。そのうち、わずか3分のIだけを電気に変えて残りの3分の2は捨てているのです。

 どこに捨てているのかというと、海です。海水を原子力発電所の中に引き込んできて、それを温めてまた海に戻すことで原子炉の熱を捨てています。どのくらいの量かというと、1秒間に約70トン。1秒間に70トンの海水を引き込んで、その温度を7℃上げ、また海に戻しています。

 300万kwの熱を出して、3分の1だけを電気にして、3分の2は海を温めている。・・・・・・。

 「温度が7℃高い」というのは、どういうことでしょうか。皆さんにも自分の好きなお風呂の温度があると思います。ぬるめの風呂が好きな人は40℃くらい、熱い風呂が好きな人でもたぶん43℃とか、せいぜいそのぐらいだと思います。お風呂に入った時に温度を測ってみて、7℃温度を上げたらどうなるか試してみて下さい。決してそのまま入っていられなくなります。それほど、7℃という温度は高いものです。それが巨大な流量で海に流れ込んでいる。・・・・・。

 日本の約37万8000平方kmの国土には、1年間で約6500億トンの雨が降ります。その一部分は蒸発してなくなり、一部分は地面にしみ込んで地下水になります。そして残りが川になって流れていくわけですが、その川の流量は全部で約4000億トンです。・・・・・・。

 では、日本には現在54基の原子力発電所がありますが、それらから流れてくる7度温かい水がどれくらいあるかというと、約1000億トンです。

 これで「環境に何の影響もない」というほうが、むしろおかしいと思いませんか。現に日本近海は異常な温かさになっているのです。温暖化か地球環境に悪いというなら、このような「海温め装置」こそ、真っ先に廃止しなくてはいけない。私はそう思います。

【5】第五章 原子力は「未来のエネルギー」か

(1)「資源枯渇の恐怖」が原発を推進してきた

(2)石油より先にウランが枯渇する!?

(3)核燃料サイクル計画は破綻している

(4)破綻確実の高速増殖炉「もんじゅ」

(5)プルサーマルはこうして始まった

(6)「プルトニウム消費のために原発を造る」という悪循環

【6】第六章 地震列島・日本に原発を建ててはいけない

(1)地震地帯に原発を建てているのは日本だけ

(2)「発電所の全所停電は絶句に起こらない」ことになっていた

(3)多くの原発が非常用電源を配備できていない

(4)「地震の巣」の真上に建つ浜岡原発

(5)瀬戸内の自然を破壊する上関原発

(6)原発100年分の「死の灰」をため込む六ヶ所再処理工場

(7)再処理工場は放射能を「計画的」に放出する

(8)放射能を薄めずにそのまま放出

(9)「もんじゅ」で事故が起きたら即破局

【7】第七章 原子力に未来はない

(1)原子力時代は末期状態

(2)先進国では原発離れが加速

(3)日本の原発は「コピー製品」

(4)「原子力後進国ニッポン」が原発を輸出する悲喜劇

(5)原発を止めても困らない

  原子力は現代社会にすさまじい重荷となってのしかかっています。この恐怖から解放される方法はただ一つしかありません。「原発を止めること」。ただそれだけです。

 このようなことを言うと「代替案は?」という反論が必ず出てきます。ほとんどの日本人は「原発を廃止すれば電力不足になる」と思い込んでいます。そして今後も「必要悪として受け入れざるを得ない」とも考えています。それどころか、原子力利用に反対すると、「それなら電気をつかうな」と怒られたりします。これらは、根本的な誤解から生じています。

 いちばんの代替案は「まず原発を止めること」です。「代替案がなければ止められない」というのは、沈没しかけた船に乗っているのに「代替案がなければ逃げられない」と言っているようなものです。命よりも電気の方が大事なんですね。

 原発は、電気が足りようが足りなかろうが、即刻全部止めるべきものです。

 そして、全部の原発を止めてみた時、「実は原発がなくても電力は足りていた」ということに気づくでしょう。

 原発を止めたとしても、実は私たちは何も困らないのです。

 確かに日本の電気の約30%は原子力ですが、発電設備全体の量から見ると、実は18%にすぎません。なぜその原子力が発電量では約30%に上昇しているかというと、原子力発電所の「設備利用率」だけを上げて、火力発電所を休ませているからです。

 発電所は止まっている時もあるし、必ずしもフルパワーで動かしていません。それでは、設備のどのぐらいを動かしているのかというのが「設備利用率」です。

 2005年の統計によれば、原子力発電所の設備利用率は約70%です。原発は一度動かしたら一年間は止めることができません。それで逆に電力が余ってしまい、消費するために揚水発電所という高コストな設備を造っていることはすでにご紹介しました。

 一方、火力発電所は約48%です。つまり半分以上が止まっていたということになります。

 今回の地震と津波で、原発が止まって電力不足になったような印象がありますが、実は違います。火力発電所が被害を受けたことが大きな理由です。

 それでは、原子力発電を全部止めてみたとしましょう。ところが、何も困りません。壊れていた火力発電所が復旧し、その稼働率を7割まで上げたとすれば、十分それで問に合ってしまいます。原子力を止めたとしても、火力発電所の3割をまだ止めておけるほどの余力があるのです。それだけ多くの発電所が日本にはあるのです。

参照図:日本の発電設備容量と最大需要電力量の推移.pdf

(6)電力消費のピークは真夏の数日間にすぎない

 でも私かそう言うと、政府と電力会社は次のように反論します。「電気はためておくことができないから、最も多く使う時に合わせて発電設備を準備しておく必要がある。だからやはり原子力は必要だ」。

 ところがこれもウソです。実は、ピーク時ですら電気が足りなくなることはありません。

 日本の水力発電所、火力発電所、原子力発電所、自家発電を合わせた発電設備の総量は、100万kwの発電所に換算すると現在270基分ほどあります。それでは、ピーク時にいったいどれだけの電気を使っていたのかというと、これまで水力発電と火力発電でまかなえる電力の合計以上になったことはほとんどありません。水力と火力で全部足りていたのです。1990年代の一時期、確かにわずかに足りなくなったことはありましたが、企業などの自家発電で吸収できる範囲です。しかも、最も多く電気を使う「ピーク時」とは、真夏の数日間、さらにその午後の数時回にすぎません。その時に電気がどうしても足りないというなら、工場をちょっと休む、クーラーの設定温度を変えるということだけで十分乗り切れていました。

 2000年代になってからはどうでしょうか。何も困っていません。原発を止めたとしても、ピーク時でさえ実は困らないのです。

 それでも将来的には、いつか石油資源は枯渇します。それに備えて、今から太陽光や風力、波力、地熱など代替エネルギーの開発と普及に努めるべきでしょう。日本は、ほんの少し前まで太陽光発電の分野で世界のトップでした。それが、国をあげて原子力にしがみついたばかりに、今や中国やドイツに追い越されてしまいました。原子力にかける労力をもし太陽光発電に注いでいれば、今も世界のトップを走っていたはずだし、太陽光発電もよりコストが安く優れたものになっていたでしょう。

(7)廃炉にしても大量に残る「負の遺産」

(8)100万年の管理が必要な高レベル放射性廃棄物

(9)「核のゴミ」は誰にも管理できない

10)何よりも必要なのはエネルギー消費を抑えること

 私たち人類がエネルギーをたくさん使うようになったのは、18世紀末から19世紀はじめにかけて「産業革命」が起きてからのことです。中でもジェームス・ワットが蒸気機関の改良に成功したことは、人間の生活を劇的に変えました。それまで動力源として使っていた家畜も奴隷ももういらない。「湯気」さえ起こせば機械が動くということで、莫大なエネルギーを使いながら生きていくようになったのです。やがてその中に電気も不可欠なものとして加わっていきます。

 産業革命が起きたのは今から200年前です。地球の歴史46億年を1年に縮めると、産業革命が起きたのは大みそか12月31日の11時59分59秒です。地球という星から見れば刹那的ともいえるくらいのわずかな時間の中で、私たち人間は急激に今のような“便利な”生活をするようになりました。

 産業革命以後の200年間で私たちが使ったエネルギーはどのぐらいの量でしょうか。人類という生き物が地球に誕生したのは、400万年前と言われています。その400万年で人間が使ったエネルギーの総量のうち、産業革命以降の200年間で消費された分は全体の6割を超えます。

 そして私たちは「便利な生活を維持したい」という一念に駆られて、原子力発電という人間の能力では処理しきれない技術を進めるようになりました。福島の事故は、それがいかに恐ろしいことなのかを見せつけてくれています。

 今後、私たちは日常的に無意識に使っているエネルギーが本当に必要かどうかを真剣に考え、エネルギーを浪費する生活を改めざるをえなくなるでしょう。

 いったい、私たちはどれほどのものに囲まれて生きれば幸せといえるのでしょうか。人工衛星から夜の地球を見てみると、日本は不夜城のごとく煌々と夜の闇に浮かび上がります。建物に入ろうとすれば自動ドアが開き、人々は階段ではなくエスカレーターやエレペーターに群がります。冷房をきかせて、夏だというのに長袖のスーツで働きます。そして、電気をふんだんに投入して作られる野菜や果物が、季節感のなくなった食卓を彩ります。

 日本を含め「先進国」と自称している国々の人間が、生きることに関係のないエネルギーを膨大に消費する一方で、生きるために必要最低限のエネルギーすら使えない人々も存在しています。

 残念ではありますが、人間とは愚かにも欲深い生き物のようです。豊かさや便利さを追い求めながら、地球温暖化、大気・海洋汚染、森林破壊、酸性雨、砂漠化、産業・生活廃棄物、環境ホルモン、放射能汚染、さらには貧困、戦争など、多くの。人災”を引き起こして地球の生命環境を破壊しています。種としての人類が生き延びることに価値があるかどうかは、私には分かりません。

 しかし、もし安全な地球環境を子どもや孫に引き渡したいのであれば、その道はただ一つ。「知足」しかありません。代替エネルギーを開発することも大事ですが、まずはエネルギー消費の抑制にこそ目を向けなければなりません。

 一度手に入れてしまった贅沢な生活を棄てるには、苦痛が伴う場合もあるでしょう。これまで当然とされてきた浪費社会の価値観を変えるには長い時間がかかります。しかし、世界全体が持続的に平和に暮らす道加それしかないとすれば、私たちが人類としての新たな叡智を手に入れる以外にありません。

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